「っひ、ぁ…っ、やぁ……っ」
薄暗い部屋の中、一人の女が何人もの男に囲まれていた。
囲っている男たちを含め、服を着ている者はほとんどいない。
「や、だ……っ、あ、も、ひぅっ!? やめ……ん、くぅぅ……っん」
ただ一人の女は組み伏せられ犯されている。
その身体は余すところなく白く汚され、全身から独特の臭気が立ち上っているほど。
「どうしたい、聖女様。さっきまであんなに強気だったのにさ……!」
女を犯している男が、わざとらしい口調で吐き捨てる。
男が動くたび、結合部からは、泡立った白い体液が零れていく。
「あ、あ……お、お願い……も、やめ……て、やすませて……っ」
聖女と呼ばれた女は弱々しく、蚊の鳴くような声で懇願する。
が、聞き届けられるはずも無い。
もし聞き届けられるようならば、彼女はここにはもういないはずである。
「そんな弱音は聞きたくないねぇ。これくらいでもうへたばったのか?」
これくらい、と軽く言うが、すでに彼女が犯された数は三桁に届く。
例えどんなに意志が強くとも、そうそう耐えられる回数ではない。
「いや……も、許して…謝る、から……んっ、ひぁぁ……っ、や、め……ぇ…」
「謝ってもらってもねぇ。なんに謝るんだ? 信じていた神様かい?」
「こんな穴倉にゃ、神様のご威光も届かなかったみたいだし、謝ったって声も届かねぇんじゃねえの」
周りを囲む男たちからも揶揄する声が飛び、それだけで女の心はさらに暗く沈んでいく。
「助けてくれない神様なんかより、気持ちいい事覚えちまえよ。その方が楽だぜぇ?」
「ぃっ!? ……ぁああああ……っ」
深くねじ込まれ、身体を仰け反らして叫ぶ。
「ひやぁぁぁっ!! いやなの、もう……や……ぁぁ…………っ」
泣き叫び、いやいやと首を振る。
それでも男は腰を止めることはなく、さらに激しく突きこんでいく。
「そら、聖女様。また中に注いでやるよ…っ」
「こんだけ出したら、さすがに孕んでるんだろうなぁ」
「そうそう、俺たちのガキをよ」
「ひぃぃぃぃっ!? や、やぁぁっ!! やだ、やだぁぁっ!! 中、中には……お願いだから、出さないで! 出来ちゃう、出来ちゃうからぁぁぁっっ!!!」
火がついたように、いきなり暴れだす。
逃れられないとしても、見知ら野蛮じみた男たちの子供など妊娠したくない……そう願い。
「だったらさぁ、さっさと受け入れちまえよ」
近くにいた男の一人が囁く。
「もう、聖女じゃない。ただの精液便所だってさ。そうすれば、中に出さないよな?」
「え? ……ああ、そうだな」
そう確認しあう男たちの顔には、下卑た笑み。
通常であれば、それが方便だと誰でも分かりそうなもののはず。
しかし、追い込まれ、極限まで磨耗した女には気づく余裕などあるはずも無い。
「あ、あぁ……わかり、ました……、認めます、私は……皆様の精液便所、だと……っ」
ガクガクと何度も首を縦に振り、言われたとおりに応える。
が。
「違うだろぉ? もっと、誠実にいってもらわなきゃなぁ」
提案した男が犯している男を止めて、身体を離れさす。
「はぁ……はぁぁ…………っ」
幾度も貫かれ犯された膣はヒクつき、収まりきらない精液がとろとろと溢れていく。
「それじゃあ聖女様。この通り言えるかなぁ……?」
耳元でなにか、小声で囁く。
それを聞いた女は眼を見開き……そして。

「わたくし…メリッサは、皆様の……精液便器、です……。この卑しい穴に…皆様の子種を……沢山、注いでくださいませ……」
己が性器を自ら広げ、そう宣言する。
「だってよ」
「了解」
直前まで女――メリッサを犯していた男は、その言葉を聞いて張り詰めた肉棒を再び埋め込む。
「ん……あぁぁぁ……っ!?」
侵入してくる感覚に顎を上げ、声を漏らし……。
「ひ……や、ぁああああああああああああああっ!!?」
それはすぐに絶望の叫び声へと変わる。
「あぁ……精液便所だからな。ちゃんと使ってやらないとダメだろ?」
びくびくと、痙攣のように震えるメリッサを見下ろして、ふざけた口調で男が言う。
「そ……ん、な……ぁ、や……出さない、って……う、うぅ……っ」
全て吐き出した男が離れると、メリッサはうなだれる。
下半身には、今しがた出された精液の感覚が残り。
「さぁて。んじゃ、さっさと精液便所を使えるようにしますかね」
「あ……あ、や……やぁ……っ」
まるで少女のように怯えながら、メリッサは近づいてくる男たちの姿にただただ涙を流すだけだった。


「ん……ぷ、あむ……ちゅぷ、ちゅ……」
口の中にあるモノを、舌を絡め、唇で扱き"奉仕"していく。
これが奉仕だなんて……いや、これは女が男にする奉仕で間違いない。
そう、間違いないはず。
「ほ、ほぅ……これが、あの"××××"ですか……。ふむ、なかなか……」
××××……なんだろう。
奉仕を続けながら、ぼんやりとそんな事を思う。
確か、以前私を呼ぶ名前だった気がする……けど、それはない。
××××と呼ばれたら、私はあの男たちの子を孕むしかない。
だから、違う。
今の私は、ただの精液便所……男の精を身体で受ける、ただの……奴隷。
「いやはや、最初はどうなるかと思いましたが……」
私の身体を貫いている男がなにか言っている。
名をなんと言ったか、聞いた事があるような、ないような……。
ダメ。
余分な事を考えたらダメ。
考えてる暇があったら、奉仕をしないと……また、あの部屋で何度も何度も何度も何度も孕まされてしまう。
「ちゅぱ……ん、ちぅ……ちゅ、ちゅぷ…んむ……」
邪魔な思考を追いやるように、口の中のモノへと意識を集中させる。
それは今までの中でもっとも柔らかく、貧弱だったが、それに不満を言ってはならない。
なぜなら、今、精液便所となった私を使ってくれる買い主なのだから。
「しかし……あの堅物を絵に描いたような女が、こうなるとはな。無くなってしまったのは、惜しいと言えるか?」
堅物……誰、だろう。
彼女の事、だろうか。
一瞬、脳裏に強い意志を秘めた女性の姿を思い浮かべる、が……輪郭はすぐにぼやけて、誰だったか思い出せない。
「はっはっは、ご冗談を司教様。彼らとはたまたま今回縁があっただけ。神に歯向かう者たちですぞ?」
縁……そう、私がここにいるのは縁。
もっと力強く、暖かいそれがあった気がするのは、多分気のせい。
「司祭殿は噂に違わぬ真面目な性格なようだな。冗談に決まっておるだろう」
冗談は……あの娘が好きだったな。
もう思い出すことの出来ない、明るかった彼女。
「そうでしたか。いやはや、これは早とちりをしてしまいました」
……なんだ、全て早とちりだったのか。
安堵と同時に、言い知れぬ虚無感を感じながら、私はそれらを払拭するために奉仕へとさらに向き合う。
「ちゅぷ、ちゅ……ん、ふぁ……ぁむ……」
頭を前後に動かし、舌で舐め、唇で吸い付き。
そのたびに口の中のモノはぐにぐにと動き回る。
……やりにくい、な……。
「ところで……"××××"ですが、本当に我々が占有してよろしいのでしょうか?」
占有もなにも、私は今はあなたたちに買われた存在。
他の人に所有権などあるはずはない……。
「なあに、あそこで行方不明になった女たちの、どれだけその後の動きが分かるものか。それに……なにかに使うにしても、最後まで伏せていた方がいいだろう?」
行方不明……。
その単語を聞いて、なにか大切なものを忘れてしまったような気になった。
でも、行方不明になった女なんて知らないし、私は今ここにいるから、行方不明じゃない。
手を伸ばし、しわくちゃのそれを包み揉み始める。
なぜか、手になにかないと不安だったから。
「ほぅ……ここまで仕込まれてるとはな。まったく、いい買い物をしたわ」
そう聞こえた直後、口の中へとなにかが注ぎこまれるのを感じた。
白く、どろりとしたそれを、私はむせないように気をつけながら飲み干していく。
今までと違い、あまり量も味もなかったが、それでも最後まで搾り取ってから、ようやく口を離した。
「う……私、も……っ」
私を貫いていた男がそう呻き、直後体内へとなにかが注ぎ込まれる感覚に襲われた。
なにが……は分からない。
理解したくない。
だって、精液便所にしたら孕ませないって、そう約束したから、これは違うもの。
「若いのに、少し短気ではないかね。司祭殿」
「いえ……その、恥ずかしいながら…」
早いとかなんとか、そんなのは分からない。
ただ、使ってもらえる間は妊娠しなくても済むから。
「まあ、よい。次はワシがそちらを使わせて貰うかの」
男たちの間で、私は向きを変える。
次はどちらになにをするのか、なにをされるのか……言葉一つで理解出来なければ、捨てられてしまうから。
「では、司教様が気に入った奉仕を私にもお願いしようかな」
今まで奉仕を捧げていたのと比べると少しはマシなものがあった。
それはなにかに濡れていたが、それがなにかを考える前に私はそれを口に含んだ。


「そういえば司祭殿。もう一人エルフの奴隷を買ったとか聞いたが?」
「さすがに司教様はお耳が早い。これがなかなか高額な奴隷でして、やっと買い取れたのですが……」
ベッドの上、私は指一つ動かせずに横になっていた。
長い間奉仕を続けるのは、さすがに疲れてしまう。
気を使っていたが、単調になった私の動きに片方が痺れを切らし……それでわずかな休息の時間が与えられたようだった。
もっとも、話を聞く限り彼らはまだ休むつもりはないらしいが。
ぼんやりと話を聞きながら扉の方を見ていると、一人の若い女が入ってきた。
耳が尖っている。
……なんと言う種族だったか……思い出すのも億劫だ。
泥のような疲労感に襲われ、まぶたが閉じかける。
それに応じて耳も遠くなっていく……と。
「あらぁ。もしかして、××××様ですか?」
入ってきた女がそう声をかけてきた。
……誰だろうか、私に見覚えなど……あるかどうかすら、思い出せない。
「……××××と面識があるのか?」
「この者も彼らから買い取ったのですから、少なくとも顔くらいは知っているのでは?」
……そう、なのだろうか。
今となってはどうでもいい事だけど。
と、女が近寄り私を抱き上げる。
「ダメですよ? ここに来たら、ちゃんとご奉仕しないと。そうしないと、捨てられちゃいますよ?」
……捨て、られる?
その言葉の意味を掴みたかったが、疲れきった身体と頭は満足に動いてくれない。
「……ああ、よい。気にするな。とりあえず、その者が起きれるようになるまでワシらの相手をしてくれ」
「はぁい、分かりました。では、またね。××××さん」
最後に私の名を呼び、その女は離れていった。
やっぱり私の事を知っているのだろうか……?
「それでは、このスピリア=クロフォードがお二方のお相手を勤めさせていただきますね…♪」
その声を聞きながら、私の意識はすぅっと遠くなっていった……。

「う……、ぁ……?」
頭の奥がぼんやりとしているのは寝不足だからか。
それでも不思議と目が覚めたのは、部屋が静か過ぎたから。
「あら、もうお目覚めですか?」
先ほどの女がそう声をかけてくる。
その声には張りがあり、先ほどよりも生き生きしているようにも見えた。
「えっと……私……?」
眩む頭を抑えて思い出そうとするが、思い出せるのは自分がどういう立場にいるのか。
ただそれだけ。
「無理に思い出さなくてもいいですわよ。鋼の聖女様」
……聞きたくなかった、いや、理解したくなかった言葉が浴びせられる。
「ち、違う……私は、私はただの……卑しい、精液便所で……」
「本当にそう思っているの?」
くすくすと楽しげに笑いながら、そう問われる。
それに答える事は……なぜかとても躊躇われた。
「そう。それがあなたの答え」
まるで幾千もの齢を重ねた仙人のような、深い瞳で見据えられる。
「……でも、でも……その名に戻ったら、私は…っ」
「だったら、逃げればいいじゃない?」
さらりとそう告げる。
「あなたが寝ている間、ここのおうちの人と楽しんだけど……なぜだか皆寝てしまって起きないの。私はする事なくなっちゃったし、帰ろうかなって思ったのだけど?」
帰る。
その単語はとても甘美な響きを湛えていて、逃れられない誘惑のようにも聞こえた。
「あなたがどうするかは、あなたが決めてくださいね。それじゃあ、またどこかでお会いしましょう♪」
明るく、そう告げて去っていった。
……そうか。
彼女は、私と同じ迷宮で同様にさらわれた冒険者だった。
恐らく私と同じ目に遭ったのだろう……そうでなければここにいるはずがない。
その割りに妙にすっきりしていたのは、不思議でしかないが……。
一人残された部屋をぐるりと見回すと、なにかかさかさに干からびた人状のものが二つ、転がっていた。
「……まさか、な」
吸血鬼でもあるまいし、いくらなんでもありえないだろう。
理解の範疇を超えていたそれをあえて無視し、適当な法衣を纏い私も外に出た。

「しまった……」
外に出てから気づいた。
ここがどこだか分からないし、金もない。
それどころか足は素足で、法衣の下も裸である。
これでどこへ逃げられるというのだろうか。
自分の浅はかさにため息を漏らしつつ、それでも足を進める。
とにかく、死ななければいい。
そんな事を考えながら。
と。
「ひゅー♪ なんだかいいの見っけちゃったかもよ、俺ら」
……どうにも、好ましいとは思えない連中に囲まれていた。
こうなるまで気づかないとは、まったくもって不甲斐ない。
「どこの奴隷だろうなぁ。逃げてきて、どこへ行くのかなぁ」
頭の悪そうな言葉を聞いていると、こちらまで馬鹿になったような気になる。
それと同時に、脳裏にあの部屋での光景が思い浮かんだ。
……逃げようとしても、結局逃れられないのか。
もう、自分の中のなにかは折れて砕けていた。
諦めに近いものを感じながら、これが私の運命なのか、と。
そう思った時。
「っが!?」
どこからともなく飛来したナイフが、綺麗に私を囲っていた一人の頭に突き刺さった。
ビクビクと震え、白目を剥いて倒れる。
「な、なん……!?」
男たちが動揺している間にも、今度は鎧兜に身を包んだ集団がその外をさらに包囲し、一人残らず剣で打ち据えていく。
逃げ出す暇もなく、ほんのわずかな時間で制圧される男たち。
そして私を囲む騎士の集団。
……まさか。
「み」
「メリッサーッ!!」
騎士たちに声をかけようと口を開いた瞬間、横合いから飛び込んできた人物に押し倒された。
「な、なに!?」
「メリッサーッ! 探したよぉぉっ!!」
抱きついてきた人物は黒い衣服に黒いターバン。
もしかして……。
「……スー?」
「そうだよぉぉっ! メリッサ、メリッサァァッ!」
抱きつき、泣き叫ぶスーをどうしたものかと困っていると、さらにもう一人の人物が現れた。
「メリッサ様。遅くなりました」
「バンドル……。いえ、助かりました。ありがとう」
私の言葉に、バンドルは沈痛そうな面持ちで一礼し、周囲の騎士たちに指示を出す。
「ここに長居は無用です。あちらに馬車が用意してあります。さあ、行きましょう」
その言葉に、私はただ無言で首を縦に振った。

馬車で移動している間、私が売り飛ばされてしまったあとの話をスーとバンドルから聞きだした。
セニティ王女の誘拐、ワイズマンの死、ギルドの壊滅、ハウリ王子の戴冠。
そして、フィオーネが竜騎士になった事。
「そう……フィオーネが竜騎士に。よかった」
心の底からそう思う。
「メリッサはどうする? フィオーネに会いに行くの?」
スーは私の隣に座り、そう尋ねてくる。
確かに会いたい。
ピリオにも会いたいし、他にも心配してくれている皆に無事を伝えたい。
でも……。
「いえ、今は会えません。どの顔で会いに行けばいいのか……」
バンドルは黙ったまま、口を挟むつもりはないらしい。
「そんな……皆心配してるよ?」
「分かってます。でも……会えません。だからスー、あなたも皆には内緒にしていてくださいね」
私の言葉に、スーはなにかを言いかけ……それから長い間悩み、ようやく頷いた。
「ありがとう、スー。大丈夫、私が会いにいけると思えるようになったら、会いに行きますから」
「うん……」
釈然としない表情で、スーはそれだけ呟いた。
しばし、車輪の起こす音だけが響く。
「……ところで、メリッサ。その言葉使い……むず痒いんだけど」
おもむろにスーが言う。
「そういえば、皆の前ではいつも固い口調でしたか」
「うん。初めて聞いたよ。だから、一瞬別人か……っと!?」
ぎりっ
「い、た、た、たたたたたーっ!? メリッサ、指、指ががががっ」
「お、お嬢!?」
「あら、駄目ですよバンドル。人前ではお嬢とは呼ばない約束でしょう?」
にっこりと微笑むと、バンドルが血の気の引いた顔で居住まいを正した。
「ぎぁぁぁぁぁっ!? め、めり込む、というか、食い込んでるぅぅっ!?」
スーの頭を撫でる様子を見て、バンドルはなにか呟き祈りを捧げた。
……そう言えば、もう長い間祈りを捧げていない気がする。
こんなに穢れてしまった私でも、天は私の祈りを聞き届けてくれるだろうか。
「割ーれーるぅ〜!?」
スーの元気な声を聞きながら、ふとそんな事を考えた。


「よいのですか?」
「なにがです、バンドル」
ふらつく足取りでクルルミクへと戻っていくスーを見送りながら、バンドルが呟いた。
「スー殿は、おそらくフィオーネ殿に報告しますぞ」
「でしょうね」
スーの性格上、それはかなりありえる話だった。
でも、それでいい。
「当分は……逃亡生活かしらね」
それも楽しそうだ、と思い馬車へと戻る。
「ふむ。今までは追う立場でしたからな、我々も」
バンドルが続き、周囲を警戒していた騎士たちも馬車へと集まってくる。
「では、行きましょう。とりあえずは……」


7years after...

テラスに置かれた安楽椅子に、一人の女性が座っていた。
腰まで届く長い金髪を揺らし、手には編み棒を持ってなにかを編んでいる。
「お母様ー。それ、なぁに?」
「駄目よマリア。お母様の邪魔しちゃ」
「えー? 違うよルイズ。わたし、お母様の邪魔してないもん」
その両脇では、よく似た顔立ちの双子の姉妹が、その手元を覗き込み騒いでる。
「マリア、ルイズ。ケンカは駄目よ」
その様子にやんわりと注意しながら、出来上がった物を二人の首に巻く。
「これはー?」
「あ、あたし知ってるー。これ、マフラーだよね?」
「マフラー? 寒い時にまくやつ?」
「ええ、そうよ。そろそろ寒くなるから、用意しておかないといけないでしょう?」
首に巻かれたマフラーを大事そうに抱える二人の頭を撫で、母親は言葉を続ける。
「二人がいつまでも仲良く、健康でいられますようにって。そう願いながら編んだの。気に入ってくれた?」
「うん!」
「ありがとう、お母様」
「大好きーっ」
「大好きっ」
飛び上がり、抱きつく二人を抱える。
「あは。そんなに喜んでくれて、私も嬉しいわ。ほら、お外で遊んでいらっしゃい」
「「は〜い」」
「いこ、マリア」
「うん」
元気に返事をし、二人手を繋いで庭へと飛び出していった。
駆けていく後姿を見送ると、編み棒をテーブルに置いて深く座り直す。
「お嬢様、よろしいですか?」
二人が離れたのを見計らい、老人がやってきた。
その顔には、複雑そうな表情が浮かんでいる。
「あら、どうしたの。もしかして、冬超えの為の備蓄が足りないのかしら」
「いえ。その……お嬢様にお客人です」
たったそれだけで、誰が来たのか分かった。
「そう。……思っていたより早いのか、それとも遅かったのかしら」
「……」
どこか楽しそうに呟き、立ち上がる。
「客室かしら?」
「は。一番奥の客室にてお待ちです」
その言葉に頷き、歩き出したその手には杖が握られていた。
「大丈夫よ。今日は気分がいいから」
支えようとする男の手を遮り、客室へと向かう。
「私一人で会いたいから、しばらく人払いをお願いします」
「……御意に」
深く頭を下げる老人を置いて、客室へとゆっくりとした足取りで向かう。
コツ、コツ、と床を杖が叩く音が響いていく。
双子の母親の顔には表情はない。
それは今から会うのが会いたくない相手ではなく、会えなかった相手だからか。
コツ…
客室の前、扉をノックしようとして思い止まり……しかし意を決しノックする。
「……どうぞ」
中からは、感情の読めない声が返ってくる。
その声が記憶にある声と変わらない事に、初めて表情が歪んだ。
「失礼、し…」
扉を開けながら、だが最後まで言葉を紡げなかった。
中にいた人物が抱きついてきたからだ。
「ようやく見つけました、メリッサ……!」
「……お久しぶりです、フィオーネ。いえ、ただいま、かしら?」
きつく抱きしめてくるフィオーネの身体を抱き返し、メリッサが冗談っぽく口にする。
「え、ええ……お帰りなさい、メリッサ」
「はい、ただいま……」

クルルミク領内に、かつて"鋼の聖女"と呼ばれた女性の従者と後援者たちが孤児院を兼ねた施療院を建設したのは、"鋼の聖女"の行方が分からなくなったワイズマン騒動の終焉から二年後だった。
その施療院は、主にグラッセンとの戦役で住む場所や家族を失った者たちを受け入れる場であり、歴史に名を残す事はなかったが長く市井の人々に愛され、頼られていたと近隣地域に言い伝えられていた。
またその頃、仲のよい双子の姉妹と、それを温かく見守る女性の姿がよく見受けられていたが、その彼女の名を知る者はほとんどおらず、ただ"母"とだけ呼ばれていたという――。




聞き終える